〔3〕ジグソー
女にはひどく愛した男がいた。一方の男は女ほどではないが、女の事を愛していた。数年が経ち、女の誕生日、
男は女にジグソーパズルを渡した。そして女に別れを告げた。
女は悲しみに打ちひしがれた。突然の別れに戸惑った。もう女は男に会う事がなくなってしまった。しかし女は男を愛する事をやめなかった。愛さない理由が無い、女はそう思った。綺麗な箱に入ったジグソーパズルは別れを思い出させるから、そんな理由で物置の奥の奥にしまわれた。
一年後、再び女の誕生日が来た。女の友人達が女の為に誕生日を祝った。今まで友人に祝われる事などなかった女は、ひどく喜んだ。今まで男と愛し合う事に夢中で友人と呼ばれる類を作ってこなかった女は愛のほかにも大切なものを見つけた。
友人達と別れた後、女はふと郵便受けを見た。手紙が一通。男からだった。開くべきか開かないべきか迷った。そして開けると誕生日カードが入っていた。そして一文。
一年前に僕が贈った物、君はそれから何かを得ましたか?
男が女に一年前贈った物。別れ。そこから何を得ただろう、女は考えた。友人ぐらいだろうか、男は何を伝えたかったのか?女には分からなかった。次の日は一日中男の事を考えていた。男の事だから何か他に意味があるんだろうか。
日も暮れる頃、女は物置に一年前しまったものを思い出した。ジグソーパズルを取り出し、無心になって一つ一つのピースをつなげ始めた。そこに意味を求めて。そこに答えを求めて。3日経って、女はジグソーパズルを完成させた。ジグソーパズルの片隅にはウェブサイトのアドレスだと思われるものが書いてあった。女は再び答えを求めて、そのウェブサイトを開いてみた。
そこには男の日記があった。日記しかなかった。ここ一年の日記は無かったが、それ以前は毎日書いていたようだ。女との楽しそうな日々が書いてあって、女はすこし照れた。じゃぁなんで別れようなんて、そう思い誕生日の月の日記を開いた。目を通した後、女は家を飛び出して男の家を目指した。ドアベルを押して待ったのだが、返答が無い。かぎも掛かっていなかった。ドアを開けると、男は寝ていた。
女は男の名前を呼んだ。涙を流しながら男の名前を呼んだ。男の体をゆさぶり、叫ぶように男の名前を呼んだ。返答が無い。
枕もとにはジグソーパズルがあった。男が大好きだったジグソーパズル。誕生日の時の物とは違って今度のパズルは9ピースしかなかった。女はパズルを繋げて、再び泣いた。
サキへ
アイシテル
ごめんなさい、ごめんなさい、女はそう言った。お兄ちゃん、女は初めて男をそう呼んだ。
http://www.---.jp/---/diary.html
11月5日
今日は妹の誕生日だ。妹が記憶を無くしてから丁度2年が経った事になる。記憶を取り戻す事はあるんだろうか。俺を兄だと認識してくる日はいつ来るんだろうか。妹はそんな事も知らずに、俺の事を男として愛してしまった。俺以外には何も求めなくなった。そんな妹は放っておけないけど、このままじゃいけない。最近では俺まで妹を女として愛するようになってきた気がしてならない。
今朝、病院へ行った。先々週に受けた検査の結果を聞きに。何だか小難しい病名を言われ、一年生きられれば運が良い方だという事を伝えられた。その時真っ先に頭に浮かんだのは妹の顔だった。俺が死んだらあいつは一人ぼっちになってしまう。頼れる人なんか一人もいない。今のままではいけない。
俺は妹を離れたところで見守る事を決心した。俺が別れをつげて妹がどんなに苦しむかは分かっているが、いきなり死を告げられるよりはいくらかマシだろう。俺が死ぬまでに妹は愛以外の物を見つけなければいけない。俺なんかじゃなく、本当に妹が頼れる奴を妹は自分で探さなきゃいけないんだ。これから妹の誕生日を祝う。そして俺はさよならを言おう。愛してるよ、その言葉の代わりにさよならと言おう。
一年前、男が女に言った言葉を今度は女が男に言った。さようなら。男からの贈り物、そこから得た物を大事にしよう、そう思いながら女は男の家を去った。